奈落のぼれろ

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優しい心を持っていると、この国は生き辛い

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 性格が大人しい。神経が繊細で感受性が強い。相手の気持ちが分かる。心優しい。こういうタイプの人にとって、この国の生き辛さは相当な物があると思う。村社会であり、いじめ社会だからだ。また、このタイプは、集団生活や競争が苦手という人が多いと思う(少なくとも私はそうです)。この国の教育システムは、それぞれの個性を大切にすることより、常に均一化を求められるので、上記のタイプは孤立化を招きやすい。

 いつだったか、東大教授が「日本の村社会化は終わった」とテレビでコメントしていた。それを見て、思わず「嘘をつけ!」と心の中で叫んでしまった。確かに、ネット等の普及によって、個性が目立つ時代になったけど、それは少数派の姿であって、現実社会は、まだまだ旧来型のシステムに取り込まれなければ生きていけないままだ。つまり、集団生活と競争だ。それは学校でも、労働現場でも同じこと。

 ごめん、今日もグチグチと書かせてください。生まれてから12歳までを過ごした、愛知県岡崎市美合町というところは、非常に教育熱心な地域で、激しい競争社会でもあった。子供であっても、徹底した競争の中で過ごさせる。成績の良い子は表彰され、頭の悪い子は学校での居場所が無かった。

 競争社会は、人間性よりも生産性が重要視される弱肉強食の世界だ。競争が苦手な、誰かを思いやれる優しい心の持ち主よりも、相手の気持ちを理解しない(図々しい)タイプのほうが、間違いなく有利なのだ。

 前述したように、私は兎に角、競争が苦手だった。過酷な競争社会という集団の中に放り込まれて、それが苦痛で、孤立して、潰れてしまった。学校生活から逃げ出したくて、勉強が楽しくなかった。成績は学年でも最下位に近かった。性同一性障害の悩み以前に、この地域性が全く合わなかったと言っていい。

 無神経な人間が多数派を占める学校生活は、苦痛の連続だった。私は、自分を客観視できる理性や知性を持っていたけど(だからこそ、人の気持ちを理解する)、同級生の多くは、そんなものは持っていなかったと思う。特に男子はね。そういう人たちに合わせて生きることの、居心地の悪さ。本当に辛かった。

 よく、ゆとり教育は悪だとか、競争は必要だとか、そんな話が耳に入ってくる。確かに、多数派の人たちには集団の中で切磋琢磨していくことが必要だし大切なことだと思う。それは別に悪いことではない。だけど、集団生活や競争社会に馴染めない人=落伍者と決め付けるのは暴論と言えるし、競争させることで能力や才能を伸ばせると思うのなら、誤った考え方だ。

 フィンランドは、1990年代に教育改革を行った。子供の自主性を尊重させて、子供の個性を尊重させる方法をとった。そして国際学力順位を向上させることに成功した。教育に競争原理を導入すれば、学力が向上するという考え方は、欧州では既に過去のものになっている。でも、この国はまた、その逆を行こうとしている。実は、ゆとり世代のほうが学力が向上しているのにね。

 小学校卒業後、私は大阪に引っ越しすることになった。異常なまでの競争社会だった岡崎市と比べて、かなり緩やかな、というか競争が無かった。だから、ますます成績が落ちたと思いますか?逆です。とりあえず、平均より少しだけ上になれた。高校受験では、偏差値61の学校に合格した。落ちこぼれの進路としては、上出来だったと思う。

 繊細で、人の気持ちが分かってしまう人は、本当に生き辛いよね。予め、どこかで逃げ道を作っておくと、いいかもしれないよ。今すぐには逃げられない状況(例えば職場や学校)でも、耐え続けると必ず限界がやってくる。潰れてしまっては、元も子もない。だから、早めに準備をしておくことが大切だと思う。

 そして、理解してくれる人や環境を見つけることが大切かもね。残念ながら私は、そういう人と出会えなかったし、そういう環境も見つけられなかった。だから最終的に全てから逃げてしまって、こうやって引き篭もってる。こうならない為にも、準備と言うのは大切なんです。いい失敗例でしょ、自分で書いていて悲しくなってくるよ。

(2)
 母が部屋に来て「何がどう辛いのか、何が苦しいのか、理解してあげたいけどよく分からない。どうしてあげたらいいのか分からない。だから教えて欲しい。言ってくれたらいいから」と言われた。なんだなんだ?メンタルはとりあえず大丈夫だぞ?特に何も無い、平凡で無駄な一日だったけど。

 親子であっても、相手の気持ちを理解するのは難しいものです。それが普通です。私のように「こう言えば、相手はこう思うのだろう」と、ある程度、人の気持ちが予測できてしまう人間のほうが少数派なのだ。だから、私にとっては、人の気持ちが理解できない母のことが理解できないし、母も、私のことが理解できないのです。

 でも、理解できなくても、理解しようとしてくれている気持ちが嬉しかったんです。だから、その気持ちに感謝していることを伝えました。理解しあえなくても、こういうことで何となく通じ合えるのが、やはり親子の繋がりというか絆みたいなものでしょーか。なんとか報いたいところです。バイトないかなー。

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5 Comments

ともちん  

皆さんおはようございます。福岡市内の公立中学校ですから方言のせいもあって(笑)ヤーさん(893屋さん)みたいな先生もいました。茶髪で問題ある生徒(不登校気味)の進路指導では「ムリして高校やら行かんでいいぞ。義務教育じゃないけんな」

ラサール高校に受かった生徒とは笑顔でチヤホヤ(笑)私は私立高校に受かってましたが公立に行きたかったのです。「公立は好きなとこ受けていいぞ。私立押さえてるけんな」とにかく親身ではなかったですね。教育現場なんてずっと変わらないと思います。

高校の落ちこぼれを受け皿とする通信制・単位制高校も1単位1万?(だったっけ)金儲けビジネスであって子供を救う気持ちなどないのでしょう。ただ大学まで無事にたどり着いても就職できないままの人もけっこういますね。

価値観が多様化している時代なので逆に生きやすいような気もします。大企業が安泰じゃなくなったので(笑)テレビで観てるとお笑い芸人さんの生きるパワーってすごいです。長くなりました(笑)

2017/05/20 (Sat) 06:12 | REPLY |   

通りすがり  

あなたはHSPかも知れませんね

2017/05/20 (Sat) 17:59 | REPLY |   

ともちん  

僭越ながらm(__)m“HSP”をググりました。そうかも知れませんが、もうちょっと言葉を足して頂ければ良かったかな~なんて(笑)私なんか頭悪いので(笑)

通りすがり様

2017/05/20 (Sat) 20:33 | REPLY |   

ゆきりん  

たけさん、私のせいでごめんなさい。
因みに私も息子も はっきりHSPです。

2017/05/20 (Sat) 22:11 | REPLY |   

とんがり帽子のたけ  

今日は頭が回っているので、明日ぐぐってみます。すみません。

2017/05/21 (Sun) 02:50 | REPLY |   

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