奈落のぼれろ

40歳・独身・無職・借金・病気 終活始めました

普通の時間、それは大切なもの

(1)
 NHKハートネットテレビで、城戸真亜子と認知症の母のことを特集していました。母を介護し始めた13年前から、日々を日記に記録しているそうで、その日記には、ネガティブなことは一切、書いていないそうです。母の記憶として、母との素敵な思い出を大切に残したい。いつか読み返した時、楽しかった思い出が蘇るようにしたい。そう語っていました。

 私がこれまで書いてきた日記帳は、どうだったのだろう。読み返してみると、ネガティブな内容が多いんです。ここで書いていることと大差が無い。気持ちを吐き出すことは必要だけど、殆どそれしかない自分の日記帳は、決して読み返したい中身ではないと思いました。

 認知症の症状が少しずつ進行して、次第に言葉を話さなくなって、母と過ごす時間が、より大切に感じられるようになったと、城戸真亜子が語っていました。特に何もない、母と過ごす普通の1日。その「普通」が、とても大切なものに感じるようになった、と。放送を見ていて複雑な心境になりました。私も、両親との時間を、もう少し大切にしないといけないのかもしれないね。

(2)
 でも、それより先に、とりあえず精神科でもバイトでも何でもいいから、アクションを起こさないと!普通以下の1日が無駄に流れていく危機感が凄いんですけど。それと、ふと思ったけど、無職じゃなくて家事手伝いじゃだめなん?体調がいい時は朝から洗濯物を干したり、皿を洗ったり、掃除機をかけたり、両親の為に昼食や夕食を作ったり、フツーに主夫みたいなことやっているよ。家事こなすの割と好きだし。なんで男だと家事手伝いが通用しないのでしょーか。差別だ!こんな時間だとテンションがおかしい。寝よう。

夢中になれるものを持つ

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 塞ぎ込んでしまっている時は、なにか好きなことをしてリラックスしたらいい。そんなことを、友達によく言われたもんです。確かに、それがある人はストレスを上手く解放できるし、これって、生きる上で割りと重要なことなのかもしれない。

 私も、学生の頃は趣味を色々と持っていたので、その大切さは分かるんです。ゲームやアニメ、料理もその一つだったし、特に、夜空を眺めたり、絵本みたいで絵本ではないものを作るのが楽しかった。夢中になって絵を描いていた気がする。当時は、フォトショやイラレなんて無かったから、色鉛筆とパステルと水彩絵の具のみで描いていた。夜空に虹を浮かべたり、人々の希望を表した「何か」を描いたりするのが好きだった。純粋だったんだね(笑)。

 絵を描いている時は、とてもリラックスできた。部屋の窓から夜空を眺めていると、頭の中にファンタジーやメルヘンの世界がいっぱい浮かんできて、その世界にしばらく浸って、自分のペースでのんびり描いていく。誰にも邪魔されず、嫌な現実を忘れられる時間だった。生きていく上での、大切な心の拠り所だった。音楽、映画、スポーツ、ゲーム、何でもいいから、全てを忘れて夢中になれるものを持つことって、大切なことだと思います。

 と言いながら、今の自分には、それがない。何かをする気力をなくしてしまって、気がついたら、友達だけではなくて、夢中になれるものまでなくなってしまった。これが意外と辛い。現実逃避をしたくても、ストレスを解放したくても、その術がないのだから。でも、このブログが、少しずつ趣味みたいなものになってきている気はするけど。だから、ここを見てくれる人や、コメントやメールをくれる皆さんには、本当に感謝しているんです。

 ちなみに、夜空を眺めることが好きになったきっかけは、マミ姉こと小森まなみのラジオ番組でした。つらい時はみんなで夜空を眺めよう、今から、これを聴いているみんなでオリオン座の方向を見上げよう。みんな一緒だから、ひとりぼっちじゃないよ、みんなで繋がっているよ。と、よくラジオでマミ姉が言っていて、私も放送を聴きながら夜空を眺めていたのです。重ね重ね、純粋だったんだね(笑)。

 描いた作品は、同人誌即売会に出したりしていました。少しずつ、応援してくれる人が増えたんです。女性ばかりだったけど。それがきっかけで、プロの漫画家さん(やはり女性です)とも交流を持つことが出来たり、楽しかったですよ。

 描かなくなってから10年以上経って、アニメ好きの友達(と言えないかもしれない人)から年賀状が届いて、慌ててお返しの年賀状を書くことになった。単なる文字だけだと愛想ないかなと思って、久しぶりに描いてみたんです。アニメが好きな人だから、何となく流行っているイメージから初音ミクでいいかと思って、でも初音ミクを知らないからネットで画像を探して、適当に描いてみたんです。

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鉛筆で、ノートに適当にラフを描いて、ドローイングペンでなぞります

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スキャンして、ファイアアルパカというフリーソフトを使って、消しゴムで修正していきます。ちなみにペンタブレットなんて高価なものは持っていないので、マウスオンリーです。

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ファイアアルパカでベタ塗りして、適当にテクスチャを貼り付けます

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色々と修正しながら、何度も色を塗り重ねていって完成

 これをインクジェット年賀状に印刷して送りました。マウスだけなんで、めっちゃ疲れました。未年だったから、羊のぬいぐるみを持つミクにしました。ところで初音ミクって今でも人気があるのでしょーか。全然わからん。それはいいけど、描いていて楽しいというものではなかったんです。楽しいという感覚、すっかり忘れてしまったなって思いました。

死にたい気持ちと戦ってます

(1)メールとか、ありがとう
 コメントやメールを頂くようになり、とても感謝しております。気にかけてくださる方がいるだけでも、孤独感が薄れるといいますか、もう少しだけでも生きてみようという気持ちが湧いてきます。

 どうも最近は、脳が回転していない状態です。考えがうまく纏まらず、気持ちだけが先走った、意味不明で拙い文章の返事になってしまっていると思います。でも、本当に嬉しいです。改めて、お礼を申し上げます。ありがとう。

(2)私だって戦っています
 私は、人と接することが大の苦手です。特に大人数の中に入るのは、楽しさよりも苦痛のほうが大きいです。それなのに、孤独が大の苦手なんです。

 まだ、人との繋がりが僅かに残っていた頃、流行していたSNS(mixi)に参加したことがありました。ネット上の関係なら気軽に出来ると思っていたのですが、それすらも疲れてしまって、諦めずに頑張ってみたものの、馴染めずに離脱してしまいました。

 リアルでもネットでも、誰かと付き合うことはとても疲れます。だから、独りでいることが心地よく感じることもあります。でも、心の中では、やはり誰かと繋がっていたいと思っているのです。何とも、アンビバレントな感情なんですけどね。

 ここで前向きなことを書いても、実際には、死にたい気持ちにいつも襲われています。特に、よく晴れた日中は、平日・休日に関係なく、憂鬱な気持ちで一杯です。みんなが一生懸命に働いている、楽しそうに遊んでいる。そんな時間帯に独りでいると、死にたいことを考えたり、寂しい気持ちに包まれます。

 こんな時、辛い気持ちになったりしても、相談できる人がいません。いたとしても、それが誰かの迷惑になってしまうのではないかと考えたりして、きっと簡単には連絡しないのでしょうね。私は、そういう性格なんです。

 今年、どうしても欲しいものがあるんです。シュレッダーです。律儀に残してきた公共料金の明細や督促状、セディナの過去の明細など諸々、それだけではなくて、大量の日記帳や、過去に描いた同人漫画原稿、友達からの手紙や年賀状。生きてきた証も含めて、全てを処分してしまいたいんです。一種の、終活における身辺整理です。

 この先も、死にたいという気持ちが消えることは無いと思います。その気持ちから逃れることは、私のような人間は無理なんです。本当に難しいんです。それでも生きていかなくてはならない。その残酷すぎる現実は、拷問としか言いようがありません。

 問題は、孤独や寂しさ、そこから来る死にたい気持ちと、どうやって共存していけるか、でしょう。妥協できるラインを設けて、小さくてもいいから、何とか幸せを感じてみたい。だから、死にたい気持ちと戦っているんです。もう少しだけ、希望を持って生きてみたいです。このブログは、私にとって、少しずつ意味のあるものになってきている気がします。そして偶然、ここを目にした(死にたい気持ちの)人を、少しでも前向きに出来たらいいなと思います。

(3)チョコ好きなおっさん
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 最後くらい、明るく書こっかなー。ゴディバ・クールアイコニックです。バレンタインやホワイトデー向けの限定品だったと思うけど、アマゾンで4500円位したと思う。某オークションで未開封品が1000円だったので、買ってみたんです。でも、ゴディバの割りに甘みが強くて大味だね。1000円だから文句はないけど、定価で買った人は、どうなんだろう。

 つか、チョコ大好きなんですよねー。チョコなら何でも食べます。アポロチョコとか、ツインクルチョコとか、大大大好物です(笑)。あとココアがあれば最高!ビールとか酒類は飲めねー!お酒でも、モーツアルト・チョコリキュールなら大丈夫。お前・・・舌がガキ過ぎるだろ、と思ったら大間違いだ。辛子蓮根や塩辛も大好物だよ。

 チョコを食べている時間は、ちょっとした幸せ・・・かも。久しぶりにジャン=ポール・エヴァンのチョコ食べたいなー。こういう時、貧乏はつらい。

言葉を紡ぐ

(1)
 ブログを書くなら深夜がオススメ、という記事をよく目にするけど、深夜に書くと感情的になって暴走し兼ねないので、個人的には二度と深夜には書きたくないです。昨日、何を書いたのか、あまり記憶になかったのですが、目にしてみて冷や汗が出ました。酷く落ち込んでいたのは確かなんですが・・・。

 日曜日は、気分転換に1人で関西国際空港に行ってました。関空を最後に利用したのは12年ほど前なので、本当に久しぶりだったんです。当時は閑散としていて、外の地面がひび割れて隙間から雑草が生えていたりと、経営状態がかなり悪いことがハッキリと分かる荒れっぷりだったんです。久しぶりに行ってみて、まるで別物に変化していたので、時の流れを感じました。人が沢山いて、建物自体が生まれ変わっていて、私がよく利用していた頃の関空とは別物になっていました。

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 大阪は気温が30℃位あったので暑かったんですが、スカイデッキと呼ばれる最上階の広場で、ずっと飛行機の往来を眺めていました。別に飛行機自体は興味ないけどね。色んな思い出がよみがえってくるんです。人生が嫌になって、突発的に飛行機に乗って羽田に行ったり、恋人と那覇に行ったり、色々とあって、あっという間に時間が流れて行って、気がつけば独りぼっちになってしまったなって。

 私は、友達や知り合いから相談を持ち掛けられることが多かったです。別れた元恋人が、新しい恋人との関係について何度も相談してきたこともありました。他の人が幸せになる為に一生懸命になってきて、自分のことを蔑ろにしてきた気がします。だから自分のことが大嫌いになることがよくあります。

(2)
 「話がある」と父が部屋に入ってきたので、思わず「えっ!?」と拒否感丸出しの声を出してしまった。セディナの件か、バイトしろと言われるか。どちらかだと思っていたけど、まず心の状態をちゃんと治そうと言われたので、ちょっと拍子抜けしてしまいました。父は、人の気持ちを理解できるタイプの人ではないし、典型的な団塊の世代の考え方をした人なので、むしろ人の神経を逆撫でするのが得意なんです。

 そんな父が、不器用ながら一生懸命に言葉を選んで、私に気持ちを伝えようとしていたので、少しばかり心に来るものがありました。時々グサッとくる言葉も混じっていたけど(苦笑)。言葉を紡ぐというのは、こういうことなのかも、と思いました。言葉だけでは気持ちは伝わらないと言う人がいるけど、心のこもった言葉ほど、気持ちが伝わるものは無いと思います。私は、そう感じました。

(3)
 ただ、前向きな気持ちになるのは本当に難しいです。生きる気持ちが湧くこともあれば、どのようにすれば死ねるのかを考えることもあります。後者の気持ちのほうが、今はどうしても上回ってしまいます。両親が、本気で私を心配していることは分かっているんです。それは、つい最近も、もう少しだけ生きたら死にたい、死んで楽になりたいと、言葉で両親に伝えてあるからです。

 苦しみや辛さ、その経験が自分や人への優しさを生み、自分自身の成長に繋がる。そう思っていたけど、いつかは自分が報われないと意味がない、今はそう思うようになりました。自分のペースで生きていけたらいいなと思ったけど、そんな単純なことが難しいです。でも、このまま親不孝者で終わるわけにもいかないという気持ちがあるので、気持ちの波が収まるのを、今は待つしかないと思っています。

 あと、HSPの情報をありがとうございました。確かに、自分に当てはまることだらけでした。それと、ゆっくりコメントを拝見したいので、少しお時間を下さい。

こういう愚痴を吐き出したかったんだよ、死にたい夜は

 久しぶりに買い物に連れて行かれた。40歳手前のおっさんが親と買い物はどうなんだ。そして夕食の献立を考えさせられて、私が作らされるんだよなー。つか、人だらけのところに行くの何だか苦手なんだよね。疲れました。

 GIDとしての治療を諦めて、男性として生きる決意をした頃は、よく両親と買い物に行っていた。性別の「矯正」が必要だったので、外出時に母がいてくれると色々と助かった。「気をつけないと、そういうとき仕草が女になってる」などと指摘して貰えたからね。そうやって、当時は意識改革を頑張っていたものです。

 それでも、女性から男性へのスイッチングには、時間がかなり掛かった。口では男だと言っても、心の中では、男性になりたくない気持ちが強かった。必死に男性の人格を作り上げて「もう1人の自分」をぎこちなく演じていたけど、やること成すこと、全く男らしくなかった。

 完全に男性の姿をしていたら、早くに諦めがついたのかもしれないけど、中途半端にどっちつかずの姿をしていたので、余計に諦めがつかなかった。女性に見間違えられたり、男性にナンパされることもあったので(何度かミナミでナンパされてるんです)、その度に、まだ大丈夫だ、まだ男性になってないぞって安心してしまったりしていた。

 結局、そのままグダグダで来てしまった。相変わらず美容に一生懸命で、男性化に必死に抗うおじさんになってしまった(苦笑)。なんだかなー。老いて来ると、やはり絶望感に襲われてしまう。見た目は、まだ同世代の男性にも女性にも負ける気がしないけど。そういう意味ではなくて、孤独の寂しさに押し潰されそうな時がある。

 男性でも女性でも、最近は結婚したくない、1人が気楽でいいという人が増えたと思う。私も、そういう風に考え方を変えられたらいいなと思う。でも、これまた意識改革をしなければならないので難しい。

 私は、小さな頃から「結婚」や「お嫁さん」というものに、物凄く憧れを持っていた。初めて好きになった人は男性だしね。男として女性と恋愛してきたけど、色々と難しかったんです、色々と。元々、人に強く依存する甘ちゃんタイプだから、男として恋愛することに無理があった気がする。

 何だか愚痴だらけになってしまった。でも、この問題で落ち込むことが増えた。女性として生きていける自信がそれなりにあったから、余計に。ここまでの人生、理想と現実のせめぎ合い。幸と不幸のヤジロベエ。GIDにとっては、40歳前後が一番危険な時期というのを、どっかで見たな。分かる気がする。老いの恐怖と、孤独の恐怖と。何だか色々と面倒くさい。いつか消えるし、いつか死ぬ。生きてるうちは生きるしかない。

優しい心を持っていると、この国は生き辛い

(1)
 性格が大人しい。神経が繊細で感受性が強い。相手の気持ちが分かる。心優しい。こういうタイプの人にとって、この国の生き辛さは相当な物があると思う。村社会であり、いじめ社会だからだ。また、このタイプは、集団生活や競争が苦手という人が多いと思う(少なくとも私はそうです)。この国の教育システムは、それぞれの個性を大切にすることより、常に均一化を求められるので、上記のタイプは孤立化を招きやすい。

 いつだったか、東大教授が「日本の村社会化は終わった」とテレビでコメントしていた。それを見て、思わず「嘘をつけ!」と心の中で叫んでしまった。確かに、ネット等の普及によって、個性が目立つ時代になったけど、それは少数派の姿であって、現実社会は、まだまだ旧来型のシステムに取り込まれなければ生きていけないままだ。つまり、集団生活と競争だ。それは学校でも、労働現場でも同じこと。

 ごめん、今日もグチグチと書かせてください。生まれてから12歳までを過ごした、愛知県岡崎市美合町というところは、非常に教育熱心な地域で、激しい競争社会でもあった。子供であっても、徹底した競争の中で過ごさせる。成績の良い子は表彰され、頭の悪い子は学校での居場所が無かった。

 競争社会は、人間性よりも生産性が重要視される弱肉強食の世界だ。競争が苦手な、誰かを思いやれる優しい心の持ち主よりも、相手の気持ちを理解しない(図々しい)タイプのほうが、間違いなく有利なのだ。

 前述したように、私は兎に角、競争が苦手だった。過酷な競争社会という集団の中に放り込まれて、それが苦痛で、孤立して、潰れてしまった。学校生活から逃げ出したくて、勉強が楽しくなかった。成績は学年でも最下位に近かった。性同一性障害の悩み以前に、この地域性が全く合わなかったと言っていい。

 無神経な人間が多数派を占める学校生活は、苦痛の連続だった。私は、自分を客観視できる理性や知性を持っていたけど(だからこそ、人の気持ちを理解する)、同級生の多くは、そんなものは持っていなかったと思う。特に男子はね。そういう人たちに合わせて生きることの、居心地の悪さ。本当に辛かった。

 よく、ゆとり教育は悪だとか、競争は必要だとか、そんな話が耳に入ってくる。確かに、多数派の人たちには集団の中で切磋琢磨していくことが必要だし大切なことだと思う。それは別に悪いことではない。だけど、集団生活や競争社会に馴染めない人=落伍者と決め付けるのは暴論と言えるし、競争させることで能力や才能を伸ばせると思うのなら、誤った考え方だ。

 フィンランドは、1990年代に教育改革を行った。子供の自主性を尊重させて、子供の個性を尊重させる方法をとった。そして国際学力順位を向上させることに成功した。教育に競争原理を導入すれば、学力が向上するという考え方は、欧州では既に過去のものになっている。でも、この国はまた、その逆を行こうとしている。実は、ゆとり世代のほうが学力が向上しているのにね。

 小学校卒業後、私は大阪に引っ越しすることになった。異常なまでの競争社会だった岡崎市と比べて、かなり緩やかな、というか競争が無かった。だから、ますます成績が落ちたと思いますか?逆です。とりあえず、平均より少しだけ上になれた。高校受験では、偏差値61の学校に合格した。落ちこぼれの進路としては、上出来だったと思う。

 繊細で、人の気持ちが分かってしまう人は、本当に生き辛いよね。予め、どこかで逃げ道を作っておくと、いいかもしれないよ。今すぐには逃げられない状況(例えば職場や学校)でも、耐え続けると必ず限界がやってくる。潰れてしまっては、元も子もない。だから、早めに準備をしておくことが大切だと思う。

 そして、理解してくれる人や環境を見つけることが大切かもね。残念ながら私は、そういう人と出会えなかったし、そういう環境も見つけられなかった。だから最終的に全てから逃げてしまって、こうやって引き篭もってる。こうならない為にも、準備と言うのは大切なんです。いい失敗例でしょ、自分で書いていて悲しくなってくるよ。

(2)
 母が部屋に来て「何がどう辛いのか、何が苦しいのか、理解してあげたいけどよく分からない。どうしてあげたらいいのか分からない。だから教えて欲しい。言ってくれたらいいから」と言われた。なんだなんだ?メンタルはとりあえず大丈夫だぞ?特に何も無い、平凡で無駄な一日だったけど。

 親子であっても、相手の気持ちを理解するのは難しいものです。それが普通です。私のように「こう言えば、相手はこう思うのだろう」と、ある程度、人の気持ちが予測できてしまう人間のほうが少数派なのだ。だから、私にとっては、人の気持ちが理解できない母のことが理解できないし、母も、私のことが理解できないのです。

 でも、理解できなくても、理解しようとしてくれている気持ちが嬉しかったんです。だから、その気持ちに感謝していることを伝えました。理解しあえなくても、こういうことで何となく通じ合えるのが、やはり親子の繋がりというか絆みたいなものでしょーか。なんとか報いたいところです。バイトないかなー。

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自分の価値観を持って、自分のペースで、強く生きてみたい

(1)
 久しぶりに午前中、散歩をしてきました。先日、病院で検査があった日に久しぶりに外に出て、検査技師さんたちと会話をして、それが良い意味で刺激になった気がします。病気を患っているおかげで、検査の為に外出を余儀なくされるのですから、ある意味、病気には感謝しなくてはなりません。本音は消えて欲しいけど(笑)。

 歩いていると、色んな会話が勝手に耳に入ってくる。井戸端会議をしているおばちゃんたち、スーパーの中で話し込む若い主婦。病院でもそう。待合所では、私が知らない色々な話題が耳に入ってきた。それを皆、真剣にお喋りしている。それを聞いていて、面白かったんです。良し悪しは別として、人って、それぞれ色んな価値観を持って生きているんだなって。

 そう、人それぞれなんです。価値観も人生観も、人それぞれ。気分が落ち込んでいたり、辛い時って、どうしても人と自分を比べてしまって、自分の状況を哀れに感じて、悲しい気持ちになってしまいます。自分のペースで生きていくって、難しいけど、とても大切なことなんですよね。

 自分の価値観を持って、自分のペースで生きていくことって、人との比較をしなくて済むので、気分的にとても楽になれると思います。そして、ひとりで歩いていく強さが、今の私には必要なんだろうね。散歩って大切だね。日を浴びて、外の空気を吸って、少しは前向きになれるから。

(2)
 性同一性障害当事者として、少しばかり愚痴らせて下さい。でもすまん。長文だ。借金・生活苦カテを離脱した後、移転先のカテゴリーを探していく中で、MTFカテゴリーを見つけました。MTFとは男性から女性への性別移行者を言います。そこに登録されているブログを見て回って、強い違和感を覚えました。多くの方が、自分のことを性同一性障害(以下GID)と名乗っているのですが、明らかにGIDではないからです。

 あのカテゴリーに登録されている方の多くは、オートガイネフィリア(=自己女性化愛好症。以下AG)と思われます。この問題は、ブログ村という小さな世界の中だけの問題ではありません。そして、この手の問題に特に関心の無い一般の人にとって、GIDとAGを区別するのは困難だろうし、まず、何のことかすら分からないと思います。それが、AGにとって好都合な状況を生んでしまっているのです。GIDを名乗ることで、AGであることを隠すことができるからです。結果として、テレビ、ネットなど、多くの情報媒体で、GIDに対する誤った認識が広まっています。

 通常、GIDは、幼少期から性別の違和感を持っています。違和感と言うよりも、(MTFの場合)自分は女の子だと思っていることが多いです。だから、仕草や態度にそれが出ますし、服や玩具も女の子向けの物を求めます。私が、小学校低学年の頃から早々といじめを受けたのは、することが男の子では無かったからです。おかまなどの言葉を浴びせられながら、私は小学校時代を過ごして来ました。

 対して、AGは、自分の性別に違和感を抱くことも無く、男の子として普通に少年期を過ごします。AGとして目覚めるのは、早ければ二次性徴辺りからで、大人になってからの人もいます。母親の下着を着けたり、化粧をしてみて、自分が女性になった姿を見て、興奮(性的な興奮も含む)を覚えるのがAGの特徴です。言ってしまえば、性的倒錯の一種なのです。

 AGは、自分たちの行為が変態的であることを認識している場合が多いです。なので、自分たちの行為(女性下着を着けた姿、女装など)を晒すことは、表立って出来なかったのです。ところが、GIDの存在がメディアによってクローズアップされることが増えてくると、彼らはGIDを利用することをし始めました。自分たちはGIDだから、心は女性だから女装をするのです。こう理由付けをすることで、自分たちの行為を正当化させていったのです。

 悲しいのは、専門家たちも見抜く術が無い状態だと言うことです。GIDの演技をして、いとも容易くGIDの診断書を手にしてしまうAGが多いのが現状です。テレビやネットで取り上げられるGIDニュースを見て、気持ち悪い女装姿の人が出てくることが多いと思いませんか?そういう人は間違いなくAGです。

 これだけは言わせて下さい。GIDの多くは、生きていることが辛いんです。GIDは、精神疾患を患う率や、自殺未遂・自殺率が高いというデータが出ています。何故か分かりますか?自分の姿に絶望しているからです。自分が立派な男性の姿をしているからです。GIDは、女装を楽しんだりしません。出来る訳がありません。女装をしてメイクをしたら悩みが消えるような、そんな単純なものではありません。女性として生きているGIDは、容姿に恵まれた、ごく僅かな人だけです。

 AGの人は、そういう悩みが一切ありません。自分の性別のことで悩むことは、彼らは基本的に無いです。悩み苦しんで自殺しようとしたり、精神が病んでしまったりすることもありません。女性の姿になることが目的だからです。それによって性的な快感を得たいだけです。その姿を人に見られても大丈夫な、正当な理由(GID)を手にしてしまい、彼らは暴走を続けています。

 人前で堂々と、似合いもしない女装をすることが出来て、勤め先や公共施設に対して女子更衣室や女子トイレの使用を要求して、自分たちの権利を厚かましくも要求するような厚顔無恥な人間は、性同一性障害ではないと断言します。100%自己女性化愛好症です。

 性同一性障害の人は、自分のことを隠す傾向にあります。ひっそりと過ごしているのです。しかし、声が大きい側が世間の関心を集めてしまうのは、世の常です。それによって、誤った認識が大きく広がってしまっていることが、残念でなりません。おわり。

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いじめ後遺症

(1)
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 昨日は、検査の為に病院に行ってました。「深部静脈血栓塞栓症」自体は一応、手術で治ったことになっているけど、血栓症は完治が望めない病気と言われており、術後の今も定期的に検査を受けています。血液の抗凝固薬の服用も毎日欠かせないので、実はかなり厄介な病気なんです。薬によって血液の流れをよくしている為、怪我をした場合は出血が止まりにくい。なので、怪我の危険を伴う仕事(肉体労働系)には従事しないように言われています。って、どのみち私はチカラが全然無いから、肉体労働は無理じゃんね(苦笑)。5時間近く病院で拘束されていたので、めっちゃ疲れました。帰って爆睡です。

(2)
 いじめを受けていたという方のブログを読んでいて、いじめ後遺症を知った。2月にNHK「あさいち」でも特集されたそうだけど、残念ながら見逃してしまった。いじめ後遺症の症状を見ていると、自分が抱える悩み(対人関係が築けない、引き篭もりがち、自殺願望など)が、全て当てはまってしまう。実際は、どうなのだろう。

 小学校3年生頃から卒業まで、酷いいじめを受け続けてきた。物静かで、性格が大人しかったことや、言動が全く男らしくなかったことが原因だと思う。いじめに程度の差は関係ないけど、私が受けたいじめは普通のいじめとは違って、思い出すのが嫌なほど、言葉だけではなく肉体的にも屈辱的なものだった。今でも定期的に、いじめてくれた奴らが夢に出てくる。ふとした時、急に脳裏に蘇ることがある。可能なら、ネット掲示板に奴らの名前や当時の住所を書いてやりたいくらいだ。

 学校を休みたがったり、自分の体を引掻いて傷を付けたりして、両親にSOSのサインを出していたけど、ことごとく見逃されてしまった。言葉で訴えれば済む話だけど、親に心配を掛けさせたくなくて言えなかった。だけど一方で、助けて欲しい気持ちが大きかった。だからサインを出し続けた。でも、親も学校の先生も、誰も気付いてくれることはなかった。

 中学、高校も、どちらかと言えばいじめられがちだった。学校での集団生活が楽しいと思えたことは、たったの1度も無い。不登校気味だったし、友達はいたけど親友はいなかった。友達とは言っても、アニメなどの共通の趣味を間に挟んで繋がっているだけの仲だった。私は、いつも心を閉ざしていて、誰かと悩みを共有することが無かった。そういうことが出来る、いわゆる親友が欲しかったけど、40年近く生きてきて1人も出来なかった。

 いじめ後遺症は、治療の一環として、同じ経験をしてきた者同士でグループを作り、傷を癒していくのだという。でも、なんか、もう、今更だよね・・・。

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正解の人生なんて誰にもわからない

(1)
 遅ればせながら、ひきこもりカテゴリーに参加させて頂くことになりました。私が引き篭もり始めたのは30歳を過ぎた頃からです。その頃から人との接触を避けるようになりました。元々、人付き合いがとても苦手で、30歳過ぎから酷さが増した感じです。時々、短期のバイトをしていましたが、そのうち何もしなくなり、30代半ばになると友達とも完全に疎遠になりました。それっきり、ずっと無職です。病気を患ったこともあり、外出することも殆ど無くなり、1年のうちの殆どを家に篭って過ごすようになりました。

 自分で書くのも恥ずかしいのですが、私は非常に寂しがりやです。ブログを始めた理由も、自分の思い(生き辛さや苦しさ)を吐き出したいという思いと、ネット上でも構わないので、人との交流を求めたいという思いがあってのことです。とはいえ、ブログを始めてまだ1ヶ月で、今はアクセスが少ない状態です。日々、何となく頭に浮かんだことを書き綴ったり、そんなことを適当に続けていこうかなって思っています。どうぞ、よろしくお願いします。

(2)
 幸せとは何だろう。こうなることが幸せ、その幸せの基準は世間が勝手に決め付けたことだよ。人が十人十色なのと同じで、幸せの感じ方だって、人によってそれぞれ。ネットの海を漂っていたら、あるブログに辿り着いた。管理者は、不安定な職に就いていて、独身で、お金が無くて、年齢が私と同じ。だけど、毎日お酒を飲めて布団で寝られるから幸せだ、と書いていた。

 人はこうやって生きるのが当たり前の“当たり前”という価値観を捨ててみたら、案外、新しい幸せを発見できるのかもしれないと思った。他人がどう思っていようと、自分が幸せと感じられるのなら、それでいい。そうは言っても、意識改革なんて簡単には出来ないから、つい自分を惨めだと思ってしまう。どうしても、自分と他人と比較してしまう。

 よく考えたら人生なんて、何が幸せだとか、どれが正解だとか、そんなの無いんだよね。とりあえず生きているうちに、新しい自分を見つけて、小さなことに幸せを感じられるようになるのかもしれない。そうやって少しずつ「世間の常識」という洗脳から解いていけたらいいな。生きていて良かった、そう思えるようになりたいです。

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人生のゴールを意識すると、辛い気持ちも幾分か楽になるよ

(1)
 ブログ村のカテゴリーを移動しました。選択が正しかったのか、自信がありません。借金カテゴリー自体は楽しかったです。借金がテーマなので荒れているイメージがあったのですが、コメント欄に書き込みをしてくれた借金カテの方々を始め、きちんとした方が多い印象でした。架空ブログ騒動なども、若干の巻き添えを食らったものの楽しかったですし、いい時期に面白いカテゴリーに出会えたと思います。

 離脱した理由は、他の方が借金や返済に関する記事をきちんと書いているのに対し、私はすっかり書かなくなってしまったからです。その為、少しずつ居心地が悪くなってきてしまいました。それでも、こんなブログがじわじわとランクを上げて25位前後まで来られたのは、ひとえに応援して下さった方々のお陰です。ありがとうございました。saimuさんとたけしさんのブログが再び上昇して活性化してきそうですし、今後も借金カテを見るのが楽しみです。

 それで、正直に言うと未だにカテゴリーが定まっていない感じです。メンタルヘルス系がいいのかと思い、ひきこもりカテに登録してみましたが、いざ登録してみたものの、まだしっくり来ない感じです。借金カテの影響力は大きいでしょうから、アクセスはガクッと落ちると思います。どこか居心地の良いカテゴリーが見つかるまで、まだ流動的な状態です(ごめん)。

(2)
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 母の日なので、カーネーションを購入しました。ショッピング通販サイトのポイントで(笑)。今日、届きました。ベタ過ぎるけど、これでいいんじゃないでしょーか。母には本当に感謝している。衝突することもあったけど、色々と助けてもらったのは事実なのだ。だから、健康で長生きして欲しい。

(3)
 人間は、独りでは生きていけない。心から辛い時、悲しい時。誰かに頼りたい時が、誰にだってある。友達や恋人、お互いに支え合える存在がいるからこそ、人は困難に立ち向かえるし頑張ることが出来る。でも、本当に孤独で、誰にも相談できなくて、自分で抱え込んで、心を病む人や死を選ぶ人もいる。私は、両親とワンコがいるから孤独ではないけど、心を許せる相手が全くいないから孤独だと思う。結婚して子供が欲しかったけど、そんなことはもう、どうでもよくなった。1人で生きる覚悟が出来たのではなく、人生を諦めて、終わり(死)を考えるようになった。

 死は、孤独から解放してくれる唯一の手段だと思う。死ねば孤独の苦しみから解放される。ワンコがいるから、まだ死ぬことは出来ない。いつ頃に死のうかな。死ぬラインをある程度決めておくと、いつでもゴールが見えるのだから、気持ちは幾分楽になる。そのゴールも、気分次第で変えていけばいい。まだ生きたいと思えるようになれば、もっと先延ばしにしたらいい。そうやって、気楽に生きていけばいいと思うようになった。

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